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五島列島の手作りゴルフ場で考えた“あそびとの距離”

写真・文 今岡涼太


いつだったか、出張がちな夫に向けた妻の言葉が、頭の中で響いていた。「ひとりでいるのは寂しくないの。一緒にいるのにひとりだなって感じる方が嫌」――。木枯らしの舞う2月、羽田から福岡へ飛び、博多駅から博多港へ、ゴルフ道具の入ったトラベルバッグを転がしていた。目的地に近づくにつれ、だんだん人の気配がなくなっていく。時刻は22時を過ぎ、一人旅の孤独さが、澄んだ冬空のように心地よかった。

隣は海。自然の中にある浜崎鼻ゴルフ場



五島列島の北端にある小値賀島(おぢかじま)まで、博多港からフェリーで約5時間の船旅である。かつて大陸に向かう遣唐使が最後に立ち寄った日本の領土には、島民が手作りした5ホールだけのゴルフ場があるという。ネットで得られる情報は少なくて、コース図や料金表は見当たらない。当然、オンライン予約などできないので、島の観光協会である「おぢかアイランドツーリズム」に問い合わせると、プレーには地元メンバーの同伴が必要ということで、親切にそのセッティングまでしてくれた。ラウンド当日、13時半に現地で待ち合わせる手筈だった。

23時45分に博多出港、4時40分に小値賀港に着岸した

このゲートの先にゴルフ場が広がっている



今から50年ほど前、親和銀行(現:十八親和銀行)小値賀支店の支店長ら十数人が集まって、海沿いの放牧地にゴルフ場を整備した。「浜崎鼻ゴルフ場」と命名され、浜友会(はまゆうかい)が結成されて、第1回の月例会は昭和51年(1976年)10月に開催された。記録には「平成10年頃(1998年)に畜産農家の減少によって放牧中止」と記されているから、約20年間は牛とゴルファーが共存していたことになる。

13時過ぎにコースに着くと、佐世保市消防局の消防士・寺園祥太さんがすでに準備を始めていた。続いて門田竜太さん、山崎忠雄さん、吉元勝信さんが到着し、クラブハウス裏にある倉庫から手引カートとゴルフクラブを引っ張り出す。コース入り口のゲートをくぐると目の前が1番ティ。そこから右前方に広大な芝生が広がっていて、その先にはイルカも姿を見せるという群青の海、あとは島と空があるだけだった。絶景に浸る間もなく、簡単な挨拶を済ませると「では、やりましょうか」とすぐにラウンドが始まった。

2番グリーンに向けたショット!



1番(パー3)の右サイドは松林、左サイドは地面に打たれた杭より左はOBで、見た目以上に狭く感じる。緊張の中、9Iで打った小値賀島での第1打は奇跡的にグリーンに乗り、旅の先行きを暗示してくれているようでうれしかった。2番(パー5)は1番と並行に北東へ、コース最奥に向かう最長ホール。3番(パー3)で右後ろの南西に向けて折り返し、4番(パー3)は再び右に曲がって2番と直角に交わりながら、北西にあたる正面の海に向けて打っていく。南西に戻る最終5番(パー4)は海越えのティショットだ。

3番のティショットを打つ門田竜太さん



1周しただけで、すべてのホールを覚えていた。「いろいろ考えたけど、これしかないっていうことです」(門田さん)と、5ホールが8の字を描くようにレイアウトされている。グリーンは小さく、硬いフェアウェイには無数のアンジュレーションが潜んでいる。吹きさらしの海風を読み、球筋を決め、地面に落ちてからの転がりを予測する。ゴルフの原点ともいえる、自然相手に球を操る楽しさに魅了された。

アプローチは転がしが基本。目土バケツにも注目!



メンバー歴34年の山崎さんは「健康上、毎日歩くためにやっている」と一日3、4周するのが日課という。ゴルフが生活の一部になっていて、チェックインもなく、いつでも自由にティオフしていく。5ホールでパー18、月例会ではこれを4周してパー72で競っている。

持参した全英キャップを懸けた勝負に勝利したのは吉元勝信さん



野崎島経由で、浜崎鼻ゴルフ場を再訪

翌日は、潜伏キリシタンの集落跡が世界文化遺産に登録された野崎島のトレッキングを申し込んでいた。2001年に無人島となった野崎島には、町営船「はまゆう」が1日2回、往復している。荒廃した住居跡や、野生の鹿が生息する森を抜けて沖ノ神島神社(704年創建)まで、ガイドとふたりで往復5時間を踏破した。寂りょうとした風景を楽しみながらも「明日もラウンドしていいよ」と言ってくれた山崎さんの言葉が気になっていた。15時半に小値賀港に帰港すると、すぐに浜崎鼻へ車を飛ばした。

急斜面に作られた舟森集落跡



コース入り口に到着すると、ちょうど3人組が最終5番をティオフするところだった。グリーン近くまで来ると、それが山崎さんと吉元さんだと判明した。まるで、旧友に再会したような気分である。「13時半からプレーしている」とふたりは上がったが、残った小辻隆治郎さんが「良かったら、ご一緒しましょう」と同伴を申し出てくれた。一人旅で、地元の人たちとこんな気軽にゴルフを楽しめるのは初めての経験だった。「先代たちがこれを作ってくれて本当に良かった。もしなかったら、島で何をして過ごせばいいのか…」と話す小辻さんは、帰りに自宅に立ち寄って、特産品の落花生を渡してくれた。

港近くでガソリンスタンドを営む小辻さん



コースは誰が守るのか?

浜友会は、会員を施設(フェアウェイ)、グリーン、バンカーなどいくつかの班に分け、分担してコース管理を行っている。だが、作業に参加するのが同じメンバーに限られているのが最近の懸念だという。新しく加わった若手メンバーたちは、月例会や飲み会といった集まりにはあまり積極的ではないそうで、「どれだけ本気でやっているのか、よう分からん」と山崎さんは首をひねる。島の過疎化も進行中で、将来を考えると不安は募る――。

ログハウス風のクラブハウスも完備している



以前、英国の名門・ロイヤルリバプールGC(ホイレイク)をアポなしで訪れたとき、受付で「プレーしてもらいたいけど、今日はあいにく大会で埋まっているの」と申し訳なさそうに断られたことがある。そのときもらった会報には、キャプテンのこんな言葉が綴られていた。「歴史あるクラブのメンバーとして、日々このリンクスをプレーするのは非常に光栄なことですが、たぶんより一層名誉なことは、地域や海外のゴルファーに、ホイレイクの経験を共有していただくことでしょう」

コース全景。開場当初からレイアウトは変わっていない



島外から訪れる人のために、浜友会には特別会員という制度があり、入会金1万円を支払ってメンバーになると、いつ来てもプレーができる。だけど、本質はそこではない。吉元さんは「ただ来てプレーするだけじゃなく、コースを大切にしてもらいたい」と訴える。美しいコースを愛し、守っていく同志であることが、会員の資格であり特権なのだ。それは、現代では非常にまれなゴルフとの付き合い方であり、ぜいたくな「あそび」とも言えるだろう。小値賀島には、そんな役割を担うチャンスが残されている。

島を離れる前夜、お世話になった観光協会のスタッフにゴルフ場がとても素敵だったという話をして、特別会員になろうか迷っていることを打ち明けると、「是非! 私が会計係なので、いま払ってもらっても大丈夫ですよ」と満面の笑みが返ってきた。突然の展開にびっくりしたが、ひとまず決断は保留した。それでも、島を離れてから小値賀島のことを考えると、いつも自分の居場所が見つかったような気がするのだ。たった2泊、いや2日でたった5周しか(!?)していないのに…(笑)

<了>

浜友会の(左から)吉元勝信さん、山崎忠雄さん、寺園祥太さん、門田竜太さん



[関連リンク] おぢかアイランドツーリズム