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100年続く鳴尾GCと最新バーチャルゴルフ 会員について考える

写真・文 今岡涼太


村上春樹が小説を書こうと決意したのは、神宮球場でビール片手にプロ野球のデーゲームを観戦していたとき。青空と白球のコントラストが鮮やかな4月。人もまばらな芝生の外野席。ヤクルトスワローズのバッターが快音を響かせて二塁打を放った瞬間、なんの脈絡もなく突然「そうだ、小説を書いてみよう」と啓示のような閃きに打たれたという。

休業中の鳴尾GCのクラブハウス



「すごく興味深い話だよね」と言ってこのエピソードを紹介してくれたのは、ラウンド後の夕食会で、隣に座った米国人のコース造形士(シェイパー)だった。それは、あるゴルフ関係者を中心としたプライベートな集まりで、本来はその人がメンバーである鳴尾ゴルフ倶楽部(兵庫県川西市)を定期的にラウンドする会なのだが、この日は違うコースに集まっていた。今年1月から9月末まで、鳴尾GCは排水改善を目的としたグリーン改修工事で閉鎖されているためだ。

1920年に設立された鳴尾GCには「鳴尾の門を越えたら、みな平等」という不文律が存在する。法人会員を認めず、社員権(※鳴尾GCではメンバーのことを社員という)の譲渡はできない会員制度のおかげで、メンバーはお互いが知己となり、アットホームな雰囲気を醸している。ゴルフ以外をコース内に持ち込まず、純粋にゴルフを楽しむことを尊重する文化も、100年以上守られてきた“ゴルフ倶楽部”としての矜持である。

排水改善のため、すべてのグリーンの床を作り直している鳴尾GC



鳴尾GCのグリーンに新しく張る鳴尾ターフ。作業前にすべて水洗いを行っている。



クラブハウスで朝ごはんを食べ、練習場で軽く球を打ってから、お風呂に入るのを毎朝のルーティンとしているメンバーもいる。従業員やキャディたちも、家族のように接してくれる。顔が見える付き合いをしていれば、相手を思いやることは自然になる。田中信治朗支配人が、御年93歳の最高齢メンバーに、貴重なプレー時間を工事のために削ってしまうことを謝罪したときのこと。その紳士は「なに言うてるんですか。コースが良くなるんでしょ?よろしいやん」と笑顔で応えてくれたという。

だからこそ、プレーはおろか、4月末までクラブハウスすら入れない現状はなんとも寂しい。特別な用事があるわけでもなく、様子を窺うための電話が事務所に掛かってくることも多いという。「鳴尾愛ですね」と田中支配人は微笑むのである。

全打席にTTRが設置された多田ハイグリーンの打席



2019年8月、鳴尾GCから車で10分の距離にあり、ゴルフ練習場にスーパー銭湯、テニスやフットサルコートに整骨院まで完備する複合レジャー施設「多田ハイグリーン」(兵庫県川西市)は、近隣のゴルフ練習場との差別化を図るため、ボールスピードや打ち出し角度など、打球に関する様々な情報を打席モニターで得ることのできる打球追跡システム「トップトレーサー・レンジ」(TTR)を導入した。

翌20年は鳴尾GCの100周年。同倶楽部の広報委員も務める多田ハイグリーンの野原和憲代表は、百年誌の制作にあたって古いコース設計図がほとんど残っていない問題に直面した。「だったら、100年目の今の姿も残す必要があるのではないか?」「だけど、測量費用はどれだけ掛かるんだ?」。そんな議論の中で思い浮かんだのが、日本でTTRを展開するGDOだった。

TTRの人気機能“バーチャルゴルフ”の一コースに採用する前提で、GDOに鳴尾GCをドローン撮影してもらう。その3Dデータを提供してもらえば、鳴尾GCはコスト負担することなく記録を残せる。しかも、TTRを通じて、全世界のゴルファーが鳴尾GCを知ることになるだろう。それは、日本を代表する名コースを組み込みたかったTTR側の思惑とも一致した。果たして、鳴尾GCは22年4月現在、世界中のTTR導入施設(31カ国、約16,000打席=22年3月時点)でプレーできる日本唯一のコースであり、その撮影データは鳴尾GCの公式ホームページでも使われている。

多田ハイグリーンの野原和憲さんの曽祖父は、鳴尾GCの誘致に尽力した東谷村の元村長・野原種次郎さん



ステーブルフォード、アゲンストパー、4ボールダブルスにツームストン。これらは、鳴尾GCで毎週日曜日に開催されている競技方式の一部である。ストロークプレー以外にも、これだけの方式で競技会が開催されている倶楽部は珍しい。もちろん、現在はコース改修中で中断されているが、メンバーのためにバーチャルゴルフで競技会を開催することはできないか? 多田ハイグリーンに白羽の矢が立ったのはごく自然の流れといえるだろう。

「正直、コースはどこでもいいんです。大事なのはメンバーさんです」と極論するのは、鳴尾GCのスタッフである。もちろん、コースを卑下するわけでも、バーチャルを軽視するわけでもない。それよりも、そこに集まる人こそ財産だと強調するのだ。

同じ価値観を共有する同志。実際、鳴尾GCでメンバーになるには2人の推薦人が必要で、それに申請者を加えた3人で、15人の理事・役員との面接が待っている。100年以上、そうやって倶楽部の伝統を守ってきた。

脈々と受け継がれてきた鳴尾GCの歴史を物語るメンバーリスト



現存する古いコース図の1つ。1928年のものと推定されている



翻って考えると、GDOサービスを利用するのにそのような面接は必要ない。だけど、顧客を一つの集まりと捉えるならば、彼らはいったいどんな価値観を我々の中に見出してくれているだろう? いま我々はどんな価値観をもとにしたサービスを展開しているだろう? 「便利さ」だけではきっと足りない。現代は選択肢にあふれた時代である。そこで選ばれ続けるためには、鳴尾のように長い歴史を刻む倶楽部から学べることもあるはずだ。

<了>