story

求めたのは足りないこと 写真家・宮本卓のPLAY YOUR LIFE

澄んだ空気が心地よい2月の米国カリフォルニア。リビエラCCの丘の上にあるクラブハウスからコースへと続く階段を、その週に米ツアーデビューを果たす石川遼が降りてくるところだった。新米記者だった私が、写真を撮ろうと階段下に駆け寄ると「邪魔だ、どけ!!」といきなり怒声を浴びせられた。驚いて振り返ると、不動明王のような殺気を放ってファインダーを覗いている一人のカメラマンがいた。そんな初めての出会いから12年、コロナ禍に東京から神戸に移り住んだ写真家・宮本卓さんの自宅をふと訪ねた。

東京から神戸へと移り住んだ宮本卓さん

求めたのは「足りないこと」 イメージが世界を広げてくれるから

木漏れ日があふれるテラスで、最近のお気に入りというノンアルコールのスパークリングワイン片手に「雰囲気でるでしょ?」と上機嫌。かつて怒鳴られたことを蒸し返しても「そんなことばかりだよ。俺なんか結構、敵を作ったし、自分のやりたいことがあるから無理に仲良くしようとも思わなかったし…」と弁明するわけでもない。

海外メジャー「マスターズ」は1989年から33年連続で撮影を続け、日本人初の快挙となった松山英樹のグリーンジャケット獲得にも立ち会った数少ない日本人カメラマンの一人である。「何を話せばいい?」といたずらっぽく笑うので、まずは神戸に移った理由を聞いてみた。

「5年後、10年後の自分の姿をイメージするのが昔から好きなんだよね。だんだん人生の終盤が見えてきて、労働力も落ちてくる。『じゃあ何がしたい?』って自問自答したときに、やることは変わらなくても、住む場所によって生き様は変わってくる。人と会うのも、食事もゴルフも好き。“充実した生活”って考えると、神戸はぴったりかなと思ってね」

スコットランドやカリフォルニアという選択肢もある中で、たまたまインターネットで今の物件と出会い、東京に比べて賃料が格段に安いこと、撮影を続ける廣野GCや鳴尾GC、ザ・サイプレスGCといったゴルフ場が近いことも重なって決断した。だが、ここであえて強調したいのは、まず先に「東京を出よう」という意志があったということだ。

膝に抱えられた愛犬ジナン君も気持ちよさそう

「正直、東京の街のサイズ、全部が満たされている感覚は持て余すくらいだった。何かを発想したり、自分のモチベーションを保ったりするためには、ちょっと足りないくらいの方がいいかなって思うんだよね。そういう意味で、神戸は都会でもあり、田舎でもあるからね」

あふれるものの中から選択するのと、足りないものを工夫して補っていく作業の違い。他人が提示する選択肢の波に飲まれ、自分が本当に欲しいものを考える余裕すら奪われていく。そのサイクルを脱したかった。

自由な発想は、良い写真を撮るためにも欠かせない。宮本さんにとって写真とは「どんな画を撮りたいか?」をイメージすることが出発点であり、同時にゴールでもある。

「失敗」を織り込んでおく 僕はそうやって体力をつけてきた

1980年、スポーツ総合雑誌「Sports Graphic Number」創刊号で、宮本さんは1枚の有名な写真に出会う。スポーツフォトグラファーの第一人者と言われるニール・ライファーが撮ったモハメド・アリの写真。アリが対戦相手のクリーブランド・ウィリアムズをノックアウトして両手を挙げてコーナーに戻る瞬間を、リングの真上から俯瞰で撮影したものだ。

モハメド・アリ vs クリーブランド・ウィリアムズ戦(’66)の1枚 (Neil Leifer/Getty Images)

「あんな発想は考えたこともなかったね。当時はそのためのカメラスタンドなんてないし、彼はそういう写真が撮りたくて、許可を取ってカメラを設置した。リングの真四角を真上から撮って、そのときアリが相手を仰向けにぶち倒している。いや、すごいスポーツフォトだなと……」

宮本さんの写真が変わった瞬間だった。「僕は目の前で起きることを画にしようとしていたけど、優れたスポーツフォトグラファーはそうじゃない。どういう画を撮りたいかのイマジネーションが確立していないと、スポーツなんて撮れないんだ――」

そうは言っても、すべてが思惑通りに行くわけではない。失敗も山ほどあり、トライ&エラーの繰り返しだった。「僕らの時代はハウツーがないから失敗ありき。自分のやることの中に無駄を折り込み済みなワケ」。そうやって失敗を1つずつ受け止めながら、体力をつけてきた自負がある。

「僕は写真学校も出ていないし、テクニックもない。できることは人よりも早く起きて、人より遅くまで写真を撮ることくらい」。それでいて、旅先の良いホテル、うまい酒にも妥協しないのが宮本流だ。旅そのものを楽しみながら、その刺激を発想に変え、良い作品を残そうと奮闘する。うがった見方をすれば、写真が売れる保証もないのに、経費はどんどん使ってしまう。そんなスタイルは周囲から白い目で見られることも多かったらしい。

「そういう意味ではモチベーションの作り方は上手かったよね」と自嘲気味に薄く笑い、「そういうリスクのある部分は好き」と何杯目かのグラスを空けた。たとえ周囲の理解は得られなくとも、“ありたい自分”を未来から前借りして、帳尻を合わせるために今を懸命に生きてきた。

いろんな能力が落ちてくる中で、人一番楽しんでやる

テラスに飾られたニチニチソウの枯れた花びらをピンセットでつまみながら、「こういうことをやりながら、『次は何をやろうかな?』とか考えるのが好きなんだよね」という宮本さんに、もう1つ聞いてみたいことがあった。写真から被写体の心境がにじみ出ているように感じられる、その理由だ。

花の手入れも日課の一つ

「“間”が大事だなと思うわけ。音楽でも、休符があるからリズムができて面白い。花も太陽も雲も綺麗、じゃあ全部入れたら完璧かっていったらそうじゃない。外すことによって、浮かび上がってくるものがある。人物もそういう見方をして撮ると、その人の置かれた部分が伝えやすいんじゃないかなって思うんだよね」

ぽっかり空いた空間を満たすのは、それに接した人それぞれの感性と想像力。写真に限った話ではない。ゴルフでも、誰よりも飛ばすことや、全ホールでバーディを奪うことを究極の目標とするような教えが幅を利かすが、決してそれだけがゴルフじゃない。

「ボビー・ジョーンズは“オールドマンパー”と言ったけれど、ゴルフは2オン2パットじゃなく、3オン1パットでもパーを獲る作戦が無限にあって、面白さがある。いまは完璧じゃないものは低く見られる傾向があるけれど、ゴルフはバーディを獲るためにやっているわけじゃないからさ」

宮本さんが暮らす土地には、日本最古のゴルフ場である神戸ゴルフ倶楽部が鎮座している。六甲山の上にあるそのコースでは、持ち運べるクラブは10本までに制限される。

海と山に挟まれて街が広がる神戸の風景

「僕はだいたい7本でやるけれど、180ヤードのホールで、160ヤードまでしか飛ぶクラブが入っていなくても、それでいい。ウェッジがあるんだから、そこは諦めがつくじゃない。それでゴルフが楽しくないかと言ったら、ぜんぜんそんなことはない。人間、年を取って、いろんな能力が落ちてくるけど、そんな中で人一倍楽しんでやろうって思うわけよ」

人生を懸けて光と影を追い続けてきた男にとっては、照りつける太陽も、漆黒の闇も、どちらも宝石のように輝いている。足りなければ、自由な発想を楽しめばいい。「恋に破れて恋を知る」と高らかに笑う64歳。PLAY YOUR LIFE。人生をもっと遊ぼう。

〈了〉

宮本卓 写真展「HIKARI has come すべてはこの瞬間のために

日程:2022年3月10日(木)~4月25日(月)10時~17時30分 ※日曜・祝日休館

会場:キヤノンギャラリー S(品川)

写真・文 今岡涼太

この記事をシェアする