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善意がつなぐ「クラブおさがりキャンペーン」 京都・高雄ゴルフクラブの取り組みとは?

採用面接に臨んだ京都市のゴルフ練習場「高雄ゴルフクラブ」(以下、高雄)の中井雄一支配人は、目の前にちょこんと座る若者の見慣れない経歴に目がとまった。スクワット、ベンチプレス、デッドリフトの3種目の最大挙上重量を競うパワーリフティングという競技で世界大会に出場しながら、年々階級を上げていた。重いバーベルを持ち上げるという、部外者の目にはストイックに映る競技を続ける理由を知りたかった。「なんでや? って聞いたら、『自分の目標を達成するため』って言うんです」。2020年6月のことだった。

「クラブおさがりキャンペーン」を企画した高雄ゴルフクラブの前川知紀さん

翌年に始まった「クラブおさがりキャンペーン」は、その若者、前川知紀さんが企画したものである。京都駅から車で約30分、300ヤード/120打席を誇る高雄には無料のレンタルクラブ&シューズが完備されていて、初心者を中心に月に約300セットが借りられている。試打やフィッティングができるプロショップも併設されていて、新品クラブもよく売れる。「どんなスポーツでも自分の道具を持てば、やる気が出たり、継続につながったりする。新しいクラブを買う人たちは、もしかしたら不要なクラブを持っているんじゃないのかな…?」。そんな発想がきっかけだった。

キャンペーンはまず、練習場に来るお客さんに不要クラブを提供してもらうことからスタートする。集まったクラブは、使いやすいように何本かのセットに組んで番号を振る。来場者に応募券を渡し、欲しいクラブセットの番号を記入してもらう。期日が来たらインスタライブで公開抽選会をして当選者を決める。クラブ提供者には、練習場のICカードに500円分の入金と、査定額に応じたボール券を支払うことにしたが、どれだけ集まるかは未知数だった。

予想以上の大反響!高雄に提供された大量のゴルフクラブ

2021年春に第1回の募集をすると、予想を遥かに超える939本が集まった。同年秋の第2回も987本、今夏の第3回も716本が持ち込まれた。なかには前年モデルのフルセットを持ってくる人もいて、さすがに黙って引き取るのもはばかられ、中古ショップなら高値で売れることを伝えたが「いや、かまへん。使ってくれ」と託された。「腰が悪くて、もうゴルフはできひんから」とウェッジだけを残して、他のクラブ全てを提供する人もいた。ほとんどの人が見返りを期待せず、「どうせ、ほかす(捨てる)もんやから使ってくれ」、「若い子が増えたらええやんな」という善意によって動いていた。

多くの本数が集まった背景には、これまで培ってきた“カルチャー”があると言えそうだ。高雄には、さまざまな目的で来場する人がいる。上達を目指すため。健康のため。単に仲間やスタッフとしゃべるため。年に数回実施している“大抽選会”では、あえて女性や若者が喜びそうな豪華賞品を用意して、当たった本人が使えなくても、妻や子どもにプレゼントできるように工夫している。ゴルフ練習場ではあるものの、決してゴルフが全てではなく、人と人との交流が自然に生まれるような施設なのだ。

加えて、京都に根付くおもてなし文化として、高雄には“お客様に喜んでいただきたい”という考え方が満ちている。あるとき、20歳くらいの女子大生にスチールシャフトのハードヒッター向けセットが当たった。さすがに扱いにくいだろうと引き渡しをためらったが、一緒に受け取りに来た父親は「無理なのは分かっているけど、何より自分のクラブを持てることを、これだけ喜んでいるので…」と娘の気持ちを尊重したいと訴えた。その思いはむげにできず、不要になったら再提供してもらうことを約束して譲ったが、以降はクラブセットに「どんな人に向いているか?」を明記して、自分に適したクラブを選べるように配慮した。

スペック表に添えられたひと言コメント

「クラブおさがりキャンペーン」は半年に1回のペースで継続中。その一方、今年1月までパワーリフティングを続けていた前川さんは、重たいバーベルをゴルフクラブに持ち替えて、今はゴルフに打ち込んでいる。コースに出たのはまだ3回で「課題をいっぱい感じました」と苦笑するが、クラブを持った初心者が次にぶつかるのが、“コースの壁”だ。

中井支配人は「コースにどう誘導できるかが、今のウチの課題です」と認識するが、「なかなか、そこまではできていない」と本音もこぼす。誰と、どうやって行けばいいか? ゴルフ特有の振る舞いをどう学ぶか? 初心者がラウンドする楽しさを味わって、より深くゴルフを愛するようになるためには、プレー以前に克服しないといけないことも少なくない。その課題は、素敵なキャンペーンでマイクラブを手にした高雄の初心者に限った話ではない。

ゴルフブームが到来している今、GDOも、そしてゴルフ業界全体も、初心者たちを優しく受け入れるような環境を本気で作っていかなければならないだろう。それには、高雄にも完備されているトップトレーサーレンジ(TTR)を活用できるかもしれないし、全く新しいアイデアが必要になるかもしれない。GDO茅ヶ崎ゴルフリンクスで実施している「初心者ゴルファーサポート企画」はその一例だが、もっと多くの初心者に届けたい。一筋縄ではいかないかもしれないが、励みになるのは「クラブおさがりキャンペーン」では、多くの既存ゴルファーが善意で動いてくれたという事実だ。

<了>

当選者たちはみんな笑顔
クラブをもらった人から提供者へのお礼のメッセージカード

【関連リンク】高雄ゴルフクラブ

写真・文 今岡涼太

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